— ZICK ZACK

赤岳

3年振りの八ヶ岳。
山に登る理由はいろいろある。

 

お盆休み。年に一度の夏山のチャンスがやってきた。
夏前に新しい職場に転職したばかりだったので、会社の雰囲気を伺いつつギリギリまで休みの日を決められずにいたので、本来行きたいと思っていた槍ヶ岳へ行くのは諦めることにした。そして白馬へ行こうと一度は決めたのだが、夜行のバスがいっぱいで取れなかったため、結果的に行き先は八ヶ岳連邦の赤岳へと決まった。

八ヶ岳は東京からだと交通の便がとてもいい。当日の朝に特急あずさに乗れば茅野からバスであっという間に登山口まで辿り着ける。今回も新宿を6:30に出て、登山口である美濃戸まで10時過ぎには到着していた。

薄曇りだったが明るく涼しい空気が溢れていて、日常を離れてこれから始まる山登りに気持ちが高まる。
しばらく林道を歩くと山小屋が集まっている場所に出た。ここまでは車でも乗り入れられるようになっていて、多くの人が山登りの本番開始の前に一息つけていた。

さて、軽い昼食を済ませてここからが本当のスタート。
一歩踏み込むと、グッと森が深くなった。苔に覆われた木々や岩、それに見たことの無いような花や茸などでが溢れていた。これが八ヶ岳らしさなのか、前に来た時にも感じた八ヶ岳の豊かさみたいなものを思い出した。

南沢の木々の間を抜けると広い川のような場所に飛び出した。
水が流れていないがここはどう見ても川の中で、足下はゴロゴロとした石でとても歩きにくい。そのまましばらく進むと目の前に赤岳の大きな山容が現れた。さらに赤岳から続く横岳への稜線もハッキリと見ることが出来た。地図ではわからなかったが、近くでその稜線を見てみると想像以上にシルエットが険しい。果たして明日はあそこを予定どおりに歩けるのだろうかとちょっと不安になった。

行者小屋には15時ごろに到着した。目の前に赤岳を望む素晴らしい場所にあり、綺麗でとても雰囲気のいい小屋だった。荷物を下ろし、軽く一杯やったあと、手ぶらで近くある中山乗越まで散歩に向かうとさっきまで晴れていた空に嫌な感じの雲が増えてきた。明日は崩れるのかなあと中山展望台から赤岳を見ていると、トンボが手にとまった。ヒトを知らないのか別の人が差し出した手に驚くことも無く今度はその手に移る。この危機感の無さは街ではまずありえない。きっとウブで純粋な心をもっているのだろう。この先、不条理でしがらみだらけの世界に揉まれてスレてしまわないといいのだけど。

行者小屋に戻り夕食を済ませると、例によっていつのまにか眠りに落ちていた。21時ごろに「空がすごいよ」と声をかけられて外に出てみると、それは見事な星空だった。たまたま月の出ていないこともあり、砂をまいたような一面の星空だった。天の川もはっきりと見て取れる。さらにこの日はペルセウス座流星群の日だったらしい。(なぜか流星群の日と山登りの日が重なる幸運が続いている)

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2日目は4時過ぎに起きて今にも降り出しそうな暗い雲のなか5時に出発した。
行者小屋から文三郎尾根に入ると斜度がキツくなり一気に身体が温まる。階段が多くそれほど難しい道ではないのだが、赤い地面はけっこうザレているところもあり、やはり下から見ていた通りこの標高差はなかなか疲れる。途中、マムートのロゴがついた階段があった。どうもマムートの一般参加登山プロジェクトの一環で赤岳に来た際に登山道を整備してくれたそうだ。(たしかにこのあたりの足場はすごく脆そうだった)ありがたいことだ。

分岐のある稜線へ出ると強風が待っていた。視界も悪く10〜15mほど。雨は降っていないが濃霧というか雲の中で風に吹かれているせいで髪までぐっしょり濡れてしまった。稜線の山頂付近は鎖場が何カ所かあり、手を使って登るような岩場だった。足場に困るようなことは無かったけど、濡れた岩は滑りやすくてなかなか大変。そんなこんなで口数少なく赤岳頂上に到着。
山頂にはいくつかのグループがやってきたが、みんな何枚か写真を撮ると寒い寒いと言って降りて行く。そのなかにはすぐ近くの赤岳頂上山荘から出てきたのか、Tシャツのひとまでいた。僕らも寒さと猛烈な風で数枚の写真を撮るだけにして狭い山頂から移動することにした。
山頂から少し下ったところにある赤岳展望荘に朝食の為に入ると、なんと小屋番の人達がロンドンオリンピック閉会式の生中継をデカい液晶テレビで見ながら朝食をとっていた。暴風のなか、森林限界を超えた標高2700mで地球の裏側で行われているリアム・ギャラガーの歌を聴いているこのシュールな状況…
スパイス・ガールズが車の屋根に乗ってスタジアムを走り回っているのを横目で見ながら今後の行動をどうしようか相談をした。この風が収まる気配が無いことと、この先の硫黄岳への稜線は岩場が多く予定よりも時間がかかってしまうことを考えてこのまま下山することにした。

赤岳天望荘から地蔵尾根で行者小屋へと降りて行く。この地蔵尾根は登りで通った文三郎尾根よりも急で梯子が多かった。樹林が生える標高まで気をつけながら下って行くとまもなく今朝出発した行者小屋まで戻ってきた。

当初の計画では赤岳を踏んだ後、横岳〜硫黄岳を縦走する予定だったので時間がだいぶ余ってしまった。このまま来た道を戻っても面白くないので、赤岳鉱泉を通って戻ることに。赤岳鉱泉も行者小屋とはまたちがった雰囲気だが、広くてきれいなところだった。そこでコーヒーをすすって休んでいると、一組の老夫婦に声をかけられた。これから硫黄岳〜横岳を通って赤岳へ向かい、その先の中岳にも行くにはどれぐらい時間がかかるかと訊かれた。赤岳から硫黄岳の縦走はこの天候をみて僕らがさっき中止にしたばかりだし、いまこの時間から赤岳に向かうとなると明るいうちに着くかどうか。天気も悪いし、なによりこの老夫婦は登山用のしっかりした装備を持っていないように見える。今からその道を行くのは難しいと思いますよ。と伝えたが、「そうですか」と何かメモのようなものを見てそれでも向かおうとしているように見えた。さらに老夫婦は「なるほど、じゃあきっとここで一泊したんだね」というようなことを二人で話して微笑んでいた。地図らしいものを持っていないように思えたので「よかったら僕の地図をあげましょうか?」と言ったが「大丈夫です、ありがとう」と笑顔で返された。最後にもう一度だけ、「厳しいと思いますよ。本当に気をつけてください」と声をかけて赤岳鉱泉を後にした。

赤岳鉱泉を出て北沢を下る。この辺りは鮮やかな緑と硫黄か鉄で染まった沢とのコントラストがすごく不気味だった。そんな景色の中を歩きながらさっき話しかけられた老夫婦のことを考えていた。この先無事に赤岳まで行けるのだろうか?どうしてあまり調べもしないであのルートを通らなければならないのか。ふたりはまったく山登りなんてしたことのない様子だった。そしてあのメモと過去形のセリフ。。。
もしかしたら肉親(子供)かごく親しい知人がここで亡くなったのかもしれないと思った。持っていたメモはその亡くなったひとの当日の登山ルートが書かれたもので、お盆に同じルートを通ることで慰霊しようとやってきたんじゃないか。赤岳に登る途中にも小さな慰霊碑が目についた。きっとこの山で亡くなった人の数は少なくないのだろう。あの老夫婦が遭難しないといいんだけど。と考えているうちにいつのまにか深い森から出て、明るい日が差す河原に出会った。振り返った赤岳は雲に覆われていた。きっとまだ強い風が吹き付けているんだろう。しかしここは少し下っただけなのにたくさんの蝶とトンボが飛び交う静かで平和でメルヘンチックなところだった。ブーツを脱いで川に入ると、痛いほど冷たい水のおかげで、さっきまでの悪天候のせいでどんよりとまとわりついていた疲れも取れてすっきりした。

しばらくゆっくり身体を休めた後、再び登山口へ向けて歩いて行く。じりじりと暑い東京へ帰るのだ。
その道中たくさんの花があったが、最後に秋桜が咲いていた。
山の夏は本当に短くて、もう秋になりかけていた。

今年の夏山は初めて天気に恵まれなかったが、しょうがない。まだまだ八ヶ岳にはおもしろいところがたくさんありそうだし、また今度いつか縦走をしに来よう。