— ZICK ZACK

雲取山/飛龍山

夜が明けるとき、もっとも気温は下がる。

 

ゴールデンウィークの到来。
といっても今年は離職中の身。もう毎日が祝日になるだろうと気楽に考えていたが大間違いだった。なんだかいろいろと忙しくなってしまい、山に行く前日はほとんど眠れないという法則が発動してしまった。また、久々のテント泊だったせいもあり、あれが必要だっけ…これはいらないか。と装備の準備に手間取ってしまった。
前回の雲取山では新しく手に入れたカメラで写真を撮るのを楽しみにしていたにもかかわらず、家を出る際に玄関に忘れてきてしまうという失敗をしてしまった。今回はカメラを絶対に忘れないようにしよう。それだけは何度も自分に言い聞かせながら準備を進めた。

午前3時まで机に向かっていたにしては珍しく予定の時間に目覚めると、カメラを首にかけ玄関を出た。ほどなくして同行メンバーのひとりから寝坊の連絡が入る。さすがに同じ電車には乗れないけれど「山のテント場で合流しましょう」ということになり、新宿駅発の特別快速で奥多摩を目指した。

GWのおかげで特別快速のホームには山へ向かう人で溢れていた。無事に座席を確保し友人と世間話をしながらこれから登る山のことを思うとワクワクと気持ちが盛り上がってくる。しかし、ふと突然、頭の中にぴりっと警告が出た。この感覚はあれに似ている。財布を落としたと気付いたときのぞっとする感覚だ。「あっ!」と思った時にはその理由はすでにわかっていた。寝袋を忘れたのだ。
僕は、間違いなく、この背負ってきたザックに、寝袋を入れてこなかった。
カメラのばかり考えていてまったく抜けていた。これがもっと寒い季節や高い山だったら間違いなく致命的なミスだ。

どうしようかと1秒ほど考えてみたけど、すでに寝袋を取りに家に引き返すには遅過ぎるタイミングだった。かといって、とても独りだけ山行を中止して家に帰るなんて決断をする勇気も無かった。今夜の天候は荒れないからどうにかなるだろうと自分に言ってきかせる。そして大きな不安を抱えたまま電車は奥多摩駅に着いた。

 

電車から大量のハイカーが吐き出され、そのままバス乗り場へと移動して行く。雲取山へ向かう鴨沢方面のバスがはやくも乗客を満載して1台出発した。いままでの経験だと、今日みたいな人の多い日は増発のバスが2、3台待機していてすぐに乗れるものなんだけど、どうも様子がおかしい。バスの職員に訊いてみると「増便を出すか検討しています」などと言う。何十人も乗り場に残っている状況を見て判断に迷っているとはいったいどうなっているんだろう。とりあえず並んでいてくれと言われ、しばし待っていると2台増便がやってきてホッとした。

 

目一杯のハイカーを乗せてバスが鴨沢に到着。
天気は晴れ、気温も高く、至る所で山桜が花びらを散らしながら若く鮮やかな葉を増やしている。山道にはこれから登る人、降りてくる人と、たくさんの登山者がすれ違う度に挨拶を交わす。こういうのってほかのスポーツにはない山登りの魅力のひとつなんじゃないかと思う。

 

順調に登り進め幕営予定の奥多摩小屋に到着すると、寝坊して遅れてくるはずのメンバーがすでに到着していた。しかも30分も待たせてしまったそう…(そんなにゆっくり登ってきたつもりはないんだけどな、もっと体力つけないといけないかも)。テント場はすでにいっぱいで、良さそうな場所はすべて埋まっていた。ちょっと傾斜があるところで我慢することにしてテントを張り、しばし休憩。

前回の雲取山山行で奥多摩小屋でテント泊をした際、夕食の準備が遅かったせいで、食べている間に日が沈み暗くなってしまった経験から、少し早めに食事をとることにした。
腹もふくれてビールを飲んだらもちろん眠くなる。テントに入るとウトウトとして眠ってしまった。

 

20時ごろ寒さで目を覚ます。そう、寝袋がないからね。
とりあえず持ってきた衣類を全部着込んで、荷物を全部出したザックのなかに脚を突っ込んで凌ぐが、隠しきれない腰から太ももの間がどうしても寒い。それでもまだ我慢出来る程度だったので、本を読みながら眠くなるのを待ったが、なかなかどうして目が冴えてしまってだめだ。寝袋が無いというのは単純に防寒のためだけではなく、布団にくるまれるという安心感を与えてくれるものだったようで、ザックに脚を突っ込んだだけではそれは得られないものだった。
さらにもうひとつトラブルが発生。壊れて締まりの悪い蛇口のように、鼻水が止まらなくなってしまった。もともと花粉症ではあるけど、かつてないほど溢れ出す鼻水。寒さに加えて鼻をかむのに忙しくてとても眠れる気がしない。
そこで気持ちを切り替えて、せっかく持ってきたカメラがあるので夜の景色を撮ることにした。

天気はあいにくの曇り空。月は輪郭をぼんやりと滲ませていて、わずかに星が見える程度だった。
月明かりでの撮影は慣れていないので、設定をいろいろ試しながら撮ってみるがなかなか難しい。暗くてAFが使えないのでピントが合わないし、構図もなんだかよくわからない。もっと勉強してからまた挑戦したい。

夜も更けてきたのでテントに戻る。相変わらず鼻水は止まらないし、腰から脚にかけてが寒い。
いつも寝るときは身体を横向きにしているんだけど、身体を横に向けると背中が空気に曝されて寒いので、腕をからだにぴたりとくっつけ、まっすぐ上を向いていなければならなかった。
身体を真っ直ぐにしたまま、鼻を5秒に1度すすり、1分ごとに鼻をかみ、鼻をかみ、鼻をかみ・・・夢だか妄想だかあやしい境界をうろうろしているうちに気付いたら外が明るくなっていて、そして夜明けを告げる小鳥たちが鳴いていた。なんとか乗り切った!あー疲れた!

 

——–

 

4時半ごろから準備を始めて5時過ぎには出発。まずは雲取山山頂を目指す。
太陽は昇っているけど残念ながら日射しは無く、昨夜に続き天気は曇り。途中下山する人たちとすれ違いながら1時間ほどで雲取山山頂へ到着。今回も去年の夏に登った北岳を望むことができた。北岳は真っ白に雪を被っていて、5月になるというのにまだまだ冬山の様相だった。今あそこにも人がいてこっちを見ているんだろうなあ。

 

ここからははじめてのルートへ進む。
奥秩父主脈縦走路という何とも厳つい名前のルートの一部を通って飛龍山へ向かう。あまり人の通らないルートなのか山道は踏跡が細く浅い。まわりの植生も白樺林や笹原など、人が植林等で手を入れていない感じが多く残っていて、奥多摩の代表的な山々とはまったく趣が異なっていた。自分たちの他には登山者は少なく、静かな山歩きを楽しむ事ができた。
また、昨夜から引き続き鼻水の処理しながらの移動をしていたのだけど、途中からぴたりと止まった。まったくなんだったんだろう。花粉症にも思えるが時期的なものと植生を考えると松花粉かもしれない。とにかく凶悪だった。

 

北天のタルから飛龍山までの間は雪が残っていて、一部は凍結したアイスバーンになっていた。まだここに僅かな冬が残っているようだった。植物の多くも一部の針葉樹を除いて緑の葉をつけているものは無く、天気も相まって12月ごろに戻ってしまったような気にさせる。

 

飛龍山山頂の付近はシャクナゲの群生や苔生す倒木など、湿潤な環境で背の高い樹木も多く、ほぼ同じ標高の雲取山山頂付近とはまったく様子が異なっていた。
熊倉山あたりのなだらかな稜線はすごく気持ち良く歩くことができたが、サヲウラ峠からの杉林の長い長い九十九折の下りには疲れもピークに達してかなり辟易させられた。それでも途中で薄紫の山つつじを見つけると少しだけ元気が出たので、降り積もった落ち葉を足でかき分けながら歩くと、ついに麓の明るい光が見えてきた。

 

登山口の終点、そこには山桜があって、昨晩の辛い夜を労いゴールを祝ってくれるように花びらを散らしていた。昨日の登り口では桜散る春を感じ、山の上では雪を踏んで、そしてまた春の里に帰ってきた。冷たい水で顔を洗いノドを潤すと、疲れや辛いことは頭のスミに押しやられ、やっぱり山登りって楽しいなと思ってしまう。

 

 

今回も反省すべき点がたくさんあった。前に登った山だから、天気が良さそうだから、仲間がいるから、と気を抜いていたのだろう。忙しいは言い訳にしちゃいけない。そもそも忙しくて準備が出来ないのなら山に行ってはいけないのだ。
この連休中にはたくさんの人が山で遭難や事故に遭い亡くなった。ニュースには出ないが危ない経験をした人はもっとたくさんいただろう。交通事故や病気も同じだけど、彼らはまさか自分たちがそうなるなんて思っていなかっただろうし、山に登るということ(自然の中に入るということ)は相当のリスクがあるってことを肝に命じておかないといけない。

 

自戒を込めてこの出来事は忘れないようにしよう。
また楽しく山に行きたいからね。